23日の続き おかしいですね。滅びし会津藩のその後 8/25(日)

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おかしいですね。朝敵の汚名を着せられ廃藩となった会津藩
京都御所守護会津藩松平容保以下将兵は、朝敵として薩長連合軍(官軍)と戦う羽目になり、しかも2年ほどで廃藩置県により、斗南藩は廃絶してしまうこととなり、流浪の民となってまたもや散り散りにされ、時の政府(権力者)により、現在も福島第一原子力発電所により、また福島県民がいじめられているような気がしています(個人の感想です)。
* … * … * …  御家復興という名のもとに追いやられた地は … * … * … *
明治になってから、御家復興という名のもとに追いやられた地は、草木も生えぬわずかな土地を、現在の三沢市付近に与えられ(減封の幅が28万石から3万石・実質は7千石とも)、容保の長男を藩主とした斗南藩が創設され、鋤・鍬も歯が立たぬ凍てついた大地に、戦に敗れし者や家族は流人の様に入植し、やませ=偏東風(山背)から全て(家・土地・人々)を守るため、松による防風林を整備したものの、最果ての砂の大地は不毛であった。
仙台から北の東北本線の東側には防風林、その名残である美しいい松並木が残っている。

やませ=偏東風とは

  北日本の(主に東北地方)太平洋側と関東地方で春から夏(5月から9月)に吹く冷たく湿った
  東または北東の風のこと。 寒流の親潮の上を吹き渡ってくるため冷たく、水稲を中心に農産物
  の生育と経済活動に大きな影響を与える。 やませが続いた場合、太平洋側沿岸地域では最高気
  温が20℃程度を越えない日が続く。

                    背景写真は、やませ発生中の岩手県野田村の様子


  岩手県出身の詩人・宮沢賢治が「雨ニモマケズ」という有名な詩の中で
   “サムサノナツハオロオロアルキ(寒さの夏はおろおろ歩き)”
  と言っていますが、これはやませによる冷夏、凶作になることを不安に思っているんですね。

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